企業価値を伝える統合報告書の作成のメリット&デメリット

企業の情報開示は信頼関係の構築のために行われる

企業が事業を行っていく上で最も重要なものは、「従業員、顧客、株主」といった内外のステークホルダー(=利害関係者)との「信頼関係」です。その信頼関係を構築するにあたっては、企業が自ら正しい情報を開示していくことが不可欠です。

ここで、正しい情報とは、企業の過去・現在・未来の価値創造について明確で簡潔な情報です。これは、1つの物語のようにつながっているストーリーとして伝達される必要があります。

「ストーリー」は、企業が情報を開示する上でのキーワードです。ストーリーとして伝達されることにより、企業が価値創造するときの全体像が表現され、情報利用者は容易に理解することができるようになります。

統合報告書とは

企業の実態について、ストーリーとして伝達する媒体の一つに「統合報告書」があります。統合報告書は、単に企業の短期的な利益を一方的に報告するのではなく、企業の過去・現在・未来における価値創造について、双方向のコミュニケーションに役立てるために作成されていいます。

統合報告書を作成する多くの企業においては、企業情報開示の国際的な枠組みである「国際統合報告フレームワーク」を参考にしています。このフレームワークは、国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council: 略してIIRC)より2013年12月に公表されたものです。

現在、統合報告書を作成する動きは、企業の情報開示のグローバルなトレンドとして広がりを見せています。しかし、何事にもメリットがあればデメリットもあるものです。今回は、統合報告書の作成に関連したメリットとデメリットについて見ていくことにしましょう。

統合報告書を作成するメリット

・企業の価値創造の全体像を捉えることにより、経営を行う上での情報の改善やよりよい意思決定ができるようになる

・経営上の重要な事項が明確になり、何を測定すべきかについて改善できる

・重要なステークホルダーとコミュニケションの共通基盤となり、対話を深めることができる

・さまざまな情報を一冊に集約することで報告書の作成コストが下がる

・社内の他部門との連携が必要になることから、部門間の壁を打ち破ることができる(=各部門のたこ壺化の解消に役立つ)

・企業理念や戦略・ビジネスモデルに共感するステークホルダー(=利害関係者)を引きつける

・企業の価値観に共感するモチベーションの高い従業員を確保でき、採用コストが下がる

・外部からみたときに不透明な情報について企業が主体的に開示することにより、投資家が企業に期待しているリターンの水準(=投資家がとっているリスクの水準)が下がる

・資金を調達するためのコストが下がる

統合報告書を作成するデメリット

・新たな取り組みを行うにあたり、人的リソースや時間といった経営資源が必要となり、報告書の作成コストが上がる

・国際統合報告フレームワークの内容が抽象的であるため、経営者(陣)や社内のさまざまな部署の担当者への説明が難しく、理解や協力を得ることが困難となる

・財務情報以外の情報の割合が増えるが、それらの情報の信頼性を保証するための方法が確立されていない

・統合報告書を作成しても、読み手側が企業のビジョン・理念・戦略・ビジネスモデルといった情報について理解する能力が低ければ効果がない

・戦略やリスク情報を開示することによって、競争上の優位性を損なう可能性がある

統合報告書の作成など企業にとって何か新しいことに取り組む際には、「やらない理由」や「デメリット」などあげればきりがありません。例えば、上記に挙げられた項目の一つである「コスト」に関しては、企業の捉え方によって、メリットにもなればデメリットにもなります。

例えば、統合報告書を作成することによって、新たな投資家からの資金調達にかかるコストを下げることができます。資金調達にかかるコストを下げるためには、企業の価値創造の実態を伝え、投資家が企業に対して認識しているリスクを低減する必要があります。

将来における機会やリスクが統合報告書により明らかとなることで、「投資家が企業に対して認識しているリスクを低減する」ことができるようになります。これが、資金調達コストを下げることにつながります。

これについてはメリットですが、統合報告書を作成することは、さまざまな部署の理解と協力が必要であり、その調整のために多くの人材や時間といった経営資源が必要になるというデメリットがあります。

ただ、これは新しくスポーツや習い事を始める時と同じように、独自の基礎となる「型」ができるまでに発生する「初期コスト」である部分が大きいのです。

各企業における統合報告書の「型」ができれば、統合報告書を作成するために必要となる基本的な部分の時間が短縮され効率的になります。また、より効果的な開示につながる「グラフ化などの視覚情報の改善」や「重要な情報に絞り込むといった作業」に経営資源を当てることができるようになります。

このように長期的な視点で考えたとき、統合報告書を作成する方がコストを上回る効果を期待できます。効果的な統合報告書を作成することで、企業価値を高めることができ、持続的にビジネスを行うことができるようになります。

統合報告書を作成することについて、「追加の負担」と取るか、「新たな価値創造への投資」と取るかは、企業文化や情報開示に対するスタンスの違いが表れてくる部分でもあります。これが、企業と重要なステークホルダーとの「信頼関係」の構築にも影響してきます。

統合報告書を作成する上で重要なのは、作成する「目的」を明確にしておくことです。その上で、メリットとデメリットの両方について長期的な視点で検討することが大切です。