投資家のリスク認識を下げることで資本コストを低減する

リスク情報開示が資本コストの低減につながる理由

 

企業が開示する「リスク情報」は、投資家・株主の投資判断において大きな影響を及ぼす可能性のある重要な事項です。

 

また、企業にとっても、効果的なリスク情報の開示はメリットがあります。その一つが、「資本コスト」を下げることに繋がる可能性があるということです。

 

「資本コスト」とは、企業が投資家・株主から調達する資金にかかるコストです。企業にタダで資金を提供してくれる人はいないため、投資家は、資金提供の見返りとしてリターンを求めます。つまり、企業にとっての資本コストとは、資金提供者である投資家にとっての「企業に期待するリターン」です。

 

そのため、企業が資本コストを下げるためには、投資家・株主が期待しているリターンがそもそも何であるかを理解する必要があります。投資家・株主が期待するリターンはリスクと合わせて理解します。リターンとリスクは表裏一体の関係だからです。

 

リスクは、期待されるリターンの最小値と最大値の間の距離(振れ幅)によって、リスクの大小が決定されます。つまり、最大値と最小値の幅(ブレ)の大きいものの方が、より大きなリターンを得る可能性が高くなります。同時に、失敗するとより大きな損失を被る可能性もあるということを意味しています。

 

企業が効果的にリスク情報の開示を行い「資本コスト」を下げるために、投資家の「企業に期待するリターン」と「リスク」を理解しましょう。

 

投資家・株主の期待するリターン

 

まず、企業の調達する資金の種類と求められるリターンについて整理します。銀行からの借り入れであれば、銀行が企業に対して期待するリターンは、利息です。そのため、企業にとっての銀行からの資金調達コストは、利率となり簡単に把握することが可能です。

 

一方、投資家・株主が資金を提供することによって期待しているリターンには、企業の利益の一部から支払われる「配当」と株の売却益である「キャピタルゲイン」のトータルで捉えます。

 

しかし、銀行からの借り入れと異なり、配当もキャピタルゲインも一定ではありません。そのため、投資家・株主が期待するリターン(=企業にとっての資本コスト)を測定することは非常に難しくなります。
 
理論値としての資本コスト

 

そこで、投資家・株主が期待するリターン(=企業にとっての資本コスト)を理論値として算出する際に使われているのが、CAPM(Capital Asset Pricing Mode;:キャプエム)というモデルです。CAPMモデルでは、以下の方法で株主資本コストを計算します。

 


Re:株主資本コスト
Rf:リスクフリーレート
Rm:マーケットリターン(=株式市場全体のリターン)
β:ベータ

 

リスクフリーレートとは、リスクのない投資資産に投資する際の利率です。例えば、「国債」などはリスクのない投資資産に該当します。つまり、株式投資は、国債の利回りを最低限上回るものでなければなりません。

 

また、(Rm-Rf)では、リスクフリーな国債に投資した場合の利回りと株式市場全体の利回りの差を出すことによって、「株式市場に投資するこリスクに対する追加的なリターン(=超過リターン)」を意味しています。

 

ここで最も重要なのは、β(ベータ)です。β(ベータ)は、株式全体の変動に対して、どの程度反応するかを示す「感応度」です。個別企業のリスクに応じて、β(ベータ)値が決定されます。

 

例えば、β(ベータ)が1.5の場合は、株式市場が1%上昇、またが下落した場合に、1.5倍の1.5%上昇、または、下落することを意味します。リターンの振れ幅が大きくなればなるほど、β(ベータ)の値は大きくなり、リスクが高くなります。

 

2つの重要なリスク

 

このβ(ベータ)は、「事業リスク」と「レバレッジリスク」によって決定されます。つまり、この2つのリスクが、投資家・株主のリターンを決定づける要素という事になります。

 

これら二つのリスクが大きくなると、β(ベータ)が大きくなり、企業にとっては資本コストが高くなります。「利益の振れ幅」が大きくなると、リスクが高まることは前述したとおりです。

 

事業リスクとは、事業特性によるリターン(=利益)の不確実性です。例えば、事業が、「市況によって業績が大きく変動する」「コスト構造上、売上高の増減に関係なく発生する費用である固定費の水準が高い」といった特性をもっていると、利益の振れ幅が大きくなります。そのため、事業リスクが高まります。

 

レバレッジリスクとは、負債の利用によるリターンの不確実性です。  企業が資金を調達する際には、銀行からの借り入れによる負債と、投資家・株主からの出資による株主資本があります。

 

負債を利用した場合と、しなかった場合を比較すると、負債を利用した場合の方が、株主にとってのリターンの振れ幅が大きくなります。結果として、レバレッジリスクが高くなります。また、負債と資本の相対的な割合によっても、レバレッジリスクは変わります。

 

リスク情報の開示のポイント

 

以上のように、CAPMを使って理論上の資本コスト(=投資家の期待するリターン)を求める際のリスクには、「事業リスク」と「レバレッジリスク」が大きく関係していることが分かります。これらのリスクを下げることが、資本コストの低減につながります。

 

その他にも、企業にとって重要なリスクを開示し、投資家にとってなるべく不確定な要素を取り除いてあげると、投資家のリスク認識を下げることができます。特に、企業が長期にわたって価値を創造する能力に影響を与える可能性のあるリスクについては、投資家・株主にとって有益です。

 

投資家の期待するリターンは、リスクに対応しています。そのため、投資家が認識しているリスクが下がれば、企業に対するリターンも下がり、企業側にとっては、資本コストを押さえることができます。このような視点を踏まえ、リスク情報についての開示を行ってみてください。