「在庫=悪」という固定概念を解除する

在庫は本当に「悪」か?

 

企業の財務諸表では、さまざまな数値がリストアップされています。項目によっては、例えば「現金」のように、多ければ多いほど良さそうに見えるものがあります。一方、「在庫」のように多ければ多いほど悪者にされがちな項目もあります。

 

しかし、現金も多すぎると、他の企業に買収される危険性が生じたり、株主から「還元せよ」と言われかねません。また、在庫も少なければよいかというと、今度は需要が急に増えた際など、品ぞろえが無いために売り逃してしまう「機会損失」を被る可能性もあります。

 

いずれの場合も、「適切な水準に保つ」ことを会社がコントロールできているかどうかが重要となります。悪者にされがちな「在庫」に焦点をあて、企業が開示している情報から読み取るべきポイントについて確認しましょう。

 

在庫はどこにあるか

 

在庫は通常、店舗、倉庫、工場等で保管されています。財務諸表では、貸借対照表の「資産」の部で見つけることができます。まず、企業のホームページなどから「統合報告書」を入手して、貸借対照表のページを開いてみましょう。

 

資産の部では、「在庫」ではなく、「たな卸資産」という名前が付けられ、数値が併記されています。ただし、この数値は会社の期末における数値、つまり「ある一時点の単独の数値」です。

 

あらゆる数値に言えることですが、「ある一時点における単独の数値」に意味を与えることは不可能です。数値に意味を与えるには、何らかの比較が必要です。なぜなら、比較によってのみ、数値の本質的な意味を捉えることができ、適切な判断に役立てることができるようになるからです。

 

まず、時系列で数値を比較してみます。通常、2年間もしくは3年間分の数値情報が掲載されているため、まず金額の増減の動きを確認します。

 

次に、在庫の水準が適切かどうかについて、財務諸表に載っている他の数値と比較することによって把握していきます。基本的に、在庫である貸借対照表の「たな卸し資産」と損益計算書の「売上原価」はセットで捉えることが大切です。

 

算出された数値については、競合他社の数値や業界平均とも比較し、在庫水準が適正化どうかを確認するとよいでしょう。

 

代表的な指標の一つに、「在庫の備蓄期間(=たな卸し資産回転期間)」があります。これは、「何か月分の売上に対応する在庫を抱えているか」を計算するための指標です。

 

在庫の備蓄期間=棚卸資産÷1か月あたりの売上原価

 

「一か月あたりの売上原価」は、「損益計算書」の「売上原価」の金額を12か月で割って算出します。例えば、在庫の備蓄期間が3か月であれば、向こう3か月分の在庫を倉庫に寝かせていることを意味します。

 

この備蓄期間の推移を時系列で比較したり、他社の数値と比較することによって、過剰在庫・滞留在庫の可能性を確認します。
 
キャッシュフローへの影響

 

なぜ在庫は悪者にされがちなのでしょうか。それは、キャッシュフローを悪化させるからです。企業の価値は金額だけでは換算できません。また、キャッシュを生み出すこと自体は企業の存在意義ではありませんが、人にとっての酸素のように、企業が存続していく上で必要不可欠です。

 

在庫を無駄に寝かせている状態とは、言い換えれば企業が提供する製品やサービスが売れていないことを意味します。また、在庫を寝かせるための倉庫などの保管場所もタダではありません。

 

在庫を適正な水準で管理できないと、売り上げが立たず入ってくるキャッシュ(キャッシュインフロー)が減ります。また、倉庫などの保管費用により出ていくキャッシュ(キャッシュアウトフロー)が増え、キャッシュフローの悪循環がスタートします。

 

しかし、単に数値だけでは本当の企業の姿は見えてきません。「会社が在庫を適正な水準で管理できていないのはなぜか」、その背景に目を向けることが必要です。

 

例えば、「需要を適切に把握できていない」「ニーズをうまく生み出せていない」といったマーケティングの問題もあるでしょう。さらには、「他社との差別化ができていない」といったような根本的な戦略上の問題も見えてくるかもしれません。これらは、数値だけを見て把握できるものではありません。

 

在庫数値の増減や分析だけでなく、「会社の戦略」「他社との差別化要因」「固有の強み・弱み」等については、統合報告書のなかで記述の記載が求められています。統合報告書を活用して、数値の背後にある会社の実態と将来像を踏まえ適切な企業価値評価につなげていきましょう。