企業についての情報は、ネットで検索すれば分かる通り、膨大にあります。しかし、その中でも有益な情報は限られています。
企業についての有益な情報の一つは、企業が自らの言葉で語る価値創造に関するストーリーです。企業の価値創造ストーリーは、企業が開示している「統合報告書」の中に記載されています。
統合報告書とは、「企業が過去から現在までにどのような価値を生み出したのか」「将来にわたって価値を創造する能力があるのか」を知る手がかりとなる媒体です。
企業が統合報告書を作成する際に大切なのは、さまざまな情報のピースが1つの物語のようにつながっていることです。企業が伝えたい情報も、内外のステークホルダーが知りたい情報も、「つながりのあるストーリー」としての情報が必要です。
今回は、企業の統合報告書においてなぜ「ストーリー」が重要なのかについて見ていくことにしましょう。
▼なぜ企業の情報開示において「ストーリー」が重要なのか?
企業はこれまでに、「財務報告書」「CSR報告書」「サステナビリティ報告書」「ガバナンス報告書」「知的財産報告書」などのさまざまな媒体を通じて情報を発信してきました。
これらの異なる媒体における情報は、他の情報との「つながり」がない、もしくはみえにくい形で開示されていました。
その原因の一つは、企業が情報を開示する事の目的が、異なる外部のグループからのさまざまな開示要求を満たすことにあったからです。
このような情報開示では、情報間のつながりは特に求められておらず、それぞれのグループの関心の高い特定の項目について開示することのみに焦点があてられてきました。
しかし、このような開示の仕方は、各グループの個別の開示要求を満たす一方で、全体的な「つながり」を見えにくくします。
企業の価値創造に関する活動の全体像が把握できない状況下では、「適切な企業価値評価が行われない」「情報利用者に有効に活用されない」といった問題が生じます。
企業が情報を開示するには、多くの時間や人材などの経営資源を必要とします。企業にとって大変な労力になっているにもかかわらず、つながりのない情報開示を行っている限り、開示に対する企業努力が十分に報われない状況から抜け出すことはできません。
「開示する情報間のつながりがない」という課題を克服するためには、まず、企業が価値を創造し提供するための経営活動の全体像を示す必要があります。
「経営活動の全体像を示す」ということは、「企業の目的が達成されているか」または「今後達成されるか」、さらには「達成しつづけるか」について、つながりのある情報を開示することです。この全体像を示すための最も効果的な方法が、「ストーリー」なのです
企業の情報開示におけるストーリーとは、「企業の目的に向かって、ものごとのつながりが時間軸上どのように変化するかを表現したもの」です。
▼ストーリーにおける3つの重要な構成要素とは?
それでは、「ストーリー」を3つの構成要素に分解し、それぞれについて確認します。
1)企業の目的
企業の目的を考える際には、目的と目標の違いについて明確に認識しておくことが重要です。なぜなら、目的と目標は混同されて捉えられている場合が多いからです。
「目的」とは目指す姿であり、「目標」とは目的を達成するためのステップです。もしくは、前者は最終的な「到達点」、後者はその過程における「通過点」と言い換えることもできます。
目的を明確にすることは、「目的地に到達したことが明らかだと言える有力な証拠は何か」を明らかにすることです。そのためには、まだ到着していない目的地に到着したと仮定して、そこで見える景色は何か、聞こえる音や声は何か、どのような身体的感覚があるのかを味わってみることが効果的です。
このように身体的感覚、つまり、「五感」で感じたうえで、言語に落とし込む言語化のプロセスが、目的を明確にする上で有効なプロセスです。
2)ものごとの「つながり」
ものごとの「つながり」を理解するためには、「企業の目的達成のために設定された課題」と「関連する経営活動や結果」の間にある因果関係や相関関係といった関係性が、筋の通ったものであることが重要です。
例えば、ビリヤードでは、狙いを定めたボールを打ち込んで、別のボールをホール(穴)に落とす場面を想像してみてください。一つのボールが別のボールに何らかの影響を与えることによって、ホールに入ったり、入らなかったりするのは、ボール同士に因果関係があるからです。
企業の情報開示におけるストーリーも同じように、情報間の因果関係やロジックを示すことが、情報間のつながりを高めるポイントとなります。
また、ストーリーが単に経営者の描いた絵空事とならないためには、特に企業の価値創造に影響を与えると考えられる要素について、数値化された情報とのつながりをもたせることが効果的です。
企業の価値創造とつながりのある数値化された情報は、ストーリーの確からしさを高め、企業の情報開示に対する信頼性を高めます。
3)時間軸
ストーリーに不可欠な要素が、時間軸です。時間軸とは、過去から現在、未来へと経過していく時間の流れを指します。そして、時間軸は①企業の目的と②ものごとの「つながり」を結びつける接着剤のような役割を果たします。
時間は絶えず流れていますが、企業の情報開示においては、ある時点で区切り報告をする必要があります。報告する時点を「現在」とし、企業の価値創造活動を「過去から現在」「現在から未来」に分けて考えます。
例えば、時間軸を「過去から現在」「現在から未来」に分けることを、サッカーの試合の前半戦と後半戦と捉えて考えてみましょう。
サッカーの試合は、前半戦と後半戦に分かれています。しかし、2つあわせて1つの試合となっています。ハーフタイムでは、監督とチームが共に前半戦での戦略や選手の配置換え、得点に至ったもしくは至らなかった理由を振り返りつつ、後半戦に臨みます。
つまり、サッカーの試合における前半戦は「企業の過去から現在」、後半戦は「企業の現在から未来」です。企業は、「過去から現在」「現在から未来」の2つの時間軸における情報を開示することで、1つのストーリーとして伝達することができます。
しかし、多くの企業の情報開示では、後半戦である「企業の現在から未来」を上手く表現できていません。そのため、企業の情報開示における時間軸は、「過去から現在」だけでなく、「現在から未来」を意識する必要があります。
以上のように、企業が情報を開示する際には、「企業の目的に向かって、ものごとのつながりが時間軸上どのように変化するかを表現したもの」である「ストーリー」が大切です。
まずは、現在開示されている情報のピースがつながりのある形で表現されているのかどうか確認してみてください。その上で、ストーリーとして伝達するために必要なピースや不必要なピースを取捨選択し、企業の価値創造の全体像を表現できるようにしましょう。